かぞえて
信号待ちの残りを教えるシグナル
携帯電話の着信履歴
窓を過ぎる鉄柱
サボテンのとげ
読んでいない本の背表紙
あなたにつたえたいことば
あなたからもらったさやしさ
遠くまたたく星々
打ち寄せる波
死んだ夢の年齢
蝉の脱け殻
ゆっくりと数えてみる
気まぐれな風に旅立った
タンポポの綿毛たち
この大地の深くに
太陽をたくさん浴びようとロゼッタに広げた
ちいさな自分が
雨でながされないように
背伸びした分
地面に足を差し込んだ
春の終わり
生まれ変わる季節
大地の深くから吸い上げた
いっぱいの夢を
綿毛にのせて
風にのせて
誰にも知られず努力したから誰よりも遠くに夢を飛ばすんだ
タンポポ紳士録(桜の季節)
春を告げる使者は黄砂
雪柳は季節の妖精
あらゆる成功者が
出発の時に見上げる
桜の花
人よ昼も夜も彼女を見上げ酒を飲めと
暖かい日差しが告げてまわる
だけどみんなのあしもと
高い空を見上げて咲いているよ!
ただの黄色い花だけど
誰よりも強く生きているよ!

タンポポ紳士録(ほんとうのあなたよとわに)
埋没林
自分のあさはかな夢の一束
辛辣な意識の暗雲に惑う
やりきれぬ鳥の一群
なぜ狩人のように追い求めないのか
矢を捨てて荒野をさまようのか
自分を閉じこめる檻は
自分の過去で作られているのに
さびしいのなら くちぶえをふけ
かなしいのなら なみだをながせ
(心の奥 タンポポの いのちとばして
昨日とか 明日ではない 今日だけの生き様を見せて)
遠い国の盆地に満ちた 朝霧をついて聞こえるうたごえ
思い出して
月に照らされて
君が一番君らしい
アルビレオの星踊り
タンポポ紳士録(冬のタンポポ)
季節の雨が激しく淋しく舞い降りる
音も立てずに叫ぶ
今日までの惜念
輝くため息の色に染まった雲
あなたとの間に
愛以外の何かが存在したから
あのコバルトの蜻蛉は
雪が降るまで死ぬことはない
透明なタンポポの綿帽子
ひとひらも飛ばすこともなく
嵐はいってしまったから
私はもう
あなたをさがして旅立つことは
もうない
すべてのもの失って
それでも咲こう
かならず来る季節のために
タンポポ紳士録(透明な漆黒)
あなたが髪を切ったとき
あの社の向こうの深々とした森の
星達を抱いているかのような
木漏れ日のきらめきに
その漆黒が落ちて
わずかな風が
通り過ぎる
「森はいいよね、わがままだけど素直だから。」
不思議な横顔を見せて
そのまま黙り込むあなたが
森になっていく
目の前にあるのに
すべてに触れることは叶わない
木陰と日だまりの境目に
今日も空を仰ぐ黄色く小さい花
それが私とあなたの
胸のうちに秘めたあたらしいきめごと
タンポポ紳士録(飛翔する種)
はじめてこころのなかに
さいたたんぽぽのはな
かぜにからだをばらまいて
ぶんしのように
げんしのように
そりゅうしのように
たびにでるたび
かけらひろいあつめるたび
(霧がするどい稜線を越えていく)
とうとうこんなところまで
さあこれがそらだ
きみとぼくが
じゅうごさいで
ゆめにまでみたきょだいなそらだ
(すべてのかけらここにおきざりにして)
(ゆくえをなくしたみらい)
タンポポ紳士録(5)
アカミタンポポ(Taraxacum albidum Dahlst.)
街で見かける小型の外来種のタンポポは西洋タンポポでない場合が多いようです。
ヨーロッパからやってきた赤褐色の種子を持つアカミタンポポは、歩道のタイルの隙間や、 花壇のわずかなスペースにしっかりと根を張りたくましく花を咲かせます。みなさんも、早足で歩く足下の、アスファルトの隙間に咲く小さなタンポポに出会ったことがあると思います。田畑や野原を捨て、街に咲くタンポポ。私たちはアカミタンポポのように街の雑踏にまみれて過ごす。どこかで何かをあきらめて いるのでしょうか。こんな生活も悪くないよと自分をごまかして。
でも、そんな小さなタンポポでも、夢見るときはその種を風に乗せて遠くへ遠くへ運ぼうとします。たどり着く場所に土があるとは限らないことは知っていても。それでも実をつけ、綿毛を広げます。
私たちも、あきらめることなく夢の綿毛を風に乗せて遠くへ飛ばしましょう。きっと、どこかにたどり着くと信じて。
タンポポ紳士録(4)
シロバナタンポポ(Taraxacum albidum Dahlst.)
いつも彼女と出会うのは、山の裾野の空き地でした。花の咲くシーズンに訪ねると、美しい白い花を木漏れ日の降る道ばたに輝かせています。ちょ っと大柄な姿、薄い緑色の葉っぱをコーディネートするセンス。群れることなく咲くその姿がとてもりりしくて好きでした。
しかし、その美しい姿とは裏腹に、彼女は単為生殖で種を作るタンポポ。
孤独な愛だけを慈しんで綿毛を旅立たせる、そんな悲しさが彼女の花びらを白くしてしまったのかもしれません。
タンポポ紳士録(3)
セイヨウタンポポ(Taraxacum officinale Weber)
セイヨウタンポポをを明治以降、文明開化とともに入ってきた侵略者であるかのようなイメージ を誰が植え付けたのでしょう。在来種と外来種のタンポポ戦争などという言葉こそがその誤解を大き くしているのではないでしょうか。
彼らは不毛の大地に入植する希望にあふれた冒険者のようです。彼らが、求める土地がただ在来種に適さない荒れ地だっただけにすぎません。 もともと在来種の生育できないところでセイヨウタンポポは花を咲かせることができます。在来種の生息地を奪ったのは人間。
セイヨウタンポポは無配生殖です。つまり花粉を受容することなく結実します。だから昆虫な どに頼ることなく自分の分身を生み出す種を次々に生み出すことができるのです。また 条件がよければ年中、花を咲かせることができます。まるで愛による生殖を否定するかのように・・・。
彼らはタンポポ種の誇り高き戦士なのです。誰よりも遠くへ飛ぶための軽くて小 さな子房と軽い綿毛。在来種のように休眠しない種。次から次へと人間どもの切 り開いた空き地を黄色い花で埋めるため、風に乗って誰よりも遠くへ、タンポポ の意思そのもののように遠くへ遠くへ。
いったいなにを追って高く飛ぶのでしょうか・・・それとも、なにかから逃げようとしているのでしょうか。
彼らの綿帽子を見つけたら、できるだけ高く掲げて強く吹き飛ばしてあげてください。遠くへ、遠くへ飛んでいくように。
タンポポ紳士録(2)
カンサイタンポポ(Taraxacum japonicum Koidz.)
西日本で見られる在来種のほとんどがこの種類だと思っても良いでしょう。在来種 の代表選手。野に咲く彼らの姿を誰しもが知ってます。田んぼのあぜ道に肩を寄せ合って咲く小さな黄色い花。カンサイタンポポはほとんど群生した姿で咲いています。
これは在来種の大きな特徴のひとつでしょう。種が比較的大きく飛翔力にかけるため群生する 傾向があるということに由来している特徴です。けれどもこれは欠点ではなく、受精に必要な虫たちを効果 的に利用するための自然の工夫なのです。
在来種のタンポポは、そのほとんどの種が花粉による受精が必要です。たくさんの花が同時に咲くことでより多くの虫を寄せて受精の手助けをしてもらう。タンポポは種を飛翔させて遠くの地を目指しているかのようですが、カンサイタンポポは比較的近くに種を落とすことで群生しその種を増やしてきました。
本当に遠くへ旅した種子は、どんなタンポポにもまけない苦労をして新しい群生を作るのでしょうね。
タンポポ紳士録(1)
(1)カントウタンポポ(Taraxacum platycarpum Dahlst.)
タンポポという名前はどこから来たのでしょう?
漢名の「蒲公英」の別名に「孛々丁菜」というのがあって、それは光が広がって いく様をタンポポの姿になぞらえたものだそうです。この「孛々(ほつほつ)」と 「田菜(田圃に咲く菜ということ)」合成され「たなほほ」からタンポポになっ たとする説が伝えられてます。しかし少し無理があるように思いますね。
柳田国男による説にタンポポの異名に「つづみ草(または白鼓草)」というのが あって、鼓の子供言葉のタンポポがついたのではないかとする説があります。各地の 方言にも「ターンポ」「タンタンポポ」「タンポポン」などがあり鼓の擬音から 生じたとする説です。
「つづみ草(または白鼓草)」と呼ばれるのはかなり明快な答えがありますね。タンポポの蕾(つぼみ)の形が鼓の形ににているからです。よく見てみると似てるかな(笑)
私は長いこと「田圃穂」なのではないか、と思ってました。いい線いってると思っ たんだけどなぁ(笑)ちなみに洋名のTaraxacumは「苦い草」(西洋では薬草だ もんね)という中世ラテン語という説とギリシャ語の「腹痛を直す」という意味 だとか諸説あるようでタンポポらしいといえば、らしいデスね。danderionは、 葉っぱのぎざぎざがライオンの歯のようだ、というところからきたらしいです。
しかし カントウタンポポの葉っぱはぎざぎざが優しいので歯のようには見えないでしょ うね。カントウタンポポを見かけたら聞いてあげてください。どの名前がお気に入りかな?って。
