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2004年6月19日

女って大変なのよ

経験的に言わせてもらうと、女の子は何か周囲と異なる要素(例えば髪の色が違う)が明らかになった時点でその共同体からは簡単に異物と認識されます。

暴力をふるったりとまではいかなくて、おてんばと称される程度なら許される。けれども、それ以上を求めちゃったら、つまり、いわゆる「女の子らしいと社会が認識する行動規範」から逸脱した行動を取った時、その子は女の子と認識されなくなります。

かといって・・・

・・・男の子になれるわけではないのですよね。思い切った行動(けど案外男の子には普通だったりする)を取っちゃった女の子は、少女でもない少年でもない存在になっちゃいます。少女側からははじかれ、少年側には受け入れてもらえないので、結果として孤立します。異端の誕生のメカニズムって、こんなもんでしょ?

男性にはわかりにくい感覚かもしれないけど、この孤立はとんでもない恐怖です。周囲から浮くだけなら一人でいればいいだけだけど、女の子は男の子以上の能力を表立って発揮してはいけない(とされている)ので慢性的にストレスをためてます。なので、はけ口を見つけちゃうと「とても簡単に迫害しちゃったり」します。

これ、キツイですよ。

そもそも女の子には出過ぎた自発的な行動は許されていない。常に一歩下がって大人や男の子を立てるという行動を要求されるもんでしょ。社会規範とはそういうものです。少女は社会的ヒエラルキーの最下層にいます。少年のような成長は許されてません。(それが許されるのは、男性が使い物にならない時だったりするから・・・、これがまた救いがない)

現代教育でそんなこと求められてみなさい。どれだけストレスたまることか。才能として女の子でいられるのであればよいけども、そーでない異分子も確実にいるのよね。面倒なのはその中間の存在で。この突き抜けていない、どんぐりの背比べ的中間層は、多数派だけに敵に回すと厄介です。もっともらしい正論ぶちかますから。

孤立を耐えられる、学校以外での場所を持っていられたならよかったのに。そんな場所をたとえ架空の世界ででも見つけられたら、マンションから飛び降りちゃったりすることも無かったかもしれないね。どこにも逃げ場のない状況から簡単に抜け出せて、帰らなくてもいい場所にいけるなら、飛び降りる勇気ぐらい振り絞れるよ。

可哀想に。あの子は耐えられなかったんだな。って思う。

明日は我が身と思うのであれば、言葉とセンスを磨きつつも、どんぐりの背比べを演じる方がおりこうさん。そうして、ニコニコしていれば、余程のことがない限り商品価値は損なわれない。女社会とは、そういうものだ。能力あっても自発的な行動を許されず、要求と競争だけは厳しくて、理解者も逃げ場所もなければアナザー・ワールドは魅力的。

佐世保の小6少女の殺人事件には色んなところで言及があるけども、中2の少女が罰ゲームを苦にして自宅マンション踊り場から飛び降りたことは、ほとんど言及がない。これも、女児のケンカの一つの結果なんだけど、ね。
男性諸氏も、一度女の子になってみれば理解はあんがい容易いだろうなぁ。同性Hでいっぺん受けに回ってみるとかね。

・・・もう罰ゲームはないからね。やすらかに。

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