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2004年6月12日

火傷しないていどに

半月くらい前かなぁ、こんな記事を新聞で読んだ。

産経新聞だったかな。曽野綾子さんのコラムだったと思う。曽野さんは機会がある度に、高学歴の学生さんに国際問題などについて聞いてみたって話し。

「利害関係が絡んでこじれた問題をどうやって解決しますか?」っていう質問に、優秀な学生さんは「話し合いで解決します。」って、てらいもなく自信たっぷりに答えるんだって。話し合いで解決できないから戦争にまで発展するし、虐殺もおこる。そんな状態で話し合いが出来るの?それに対して、貴方はその現実にどう向き合うか?っていうそんな感じの話を、川の上流の国と下流の国を例に出して書いていたよ。(うろ覚え・・・)

曽野さんは「あなた方の問題意識は立派だし理論もキチンとしている。けど、人間に対する洞察が甘い。」って言ってた・・・な、うん。(再度言うけどうろ覚え。記事の日付も覚えてないし)

で、思った。

頭もよく計画性も度胸も行動力もある(んだろうな)小学6年生の少女が「殺す」つもりで友達を殺すことは出来ても、「その後」を考えることが出来なかった。

このふたつ、なんだか共通項のように思える。どちらも実存感覚のない世界で生まれ育った子供達の持つ共通項なんじゃないかな。人間に対する洞察力を養うことが出来ない環境が普通であるならば、彼らはみんな普通の子でしょう?

ほら、普通の家庭の普通の子が事件起こしたってあんまり不思議じゃないじゃん。

私たちの生きているこの国は、そーゆー国なんだよな。世界は痛みを伴っている。おぼろげながらそれが分かるから、それを確かめたくてイラクに行くし、友達を殺す。

そんな世界で、私って屈折してま〜〜すなんて自己主張したところで、つまんないかなぁ。

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