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2004年4月11日

21世紀は不安の時代になるのか?

イラクでの3邦人誘拐人質事件に関して、報道があってからいろいろと考えたり、サイト・blogや新聞などの反応を興味深く見ていました。いろんな思いはあったけど、感情にまかせて書いてしまうと本当に伝えたいことが見えなくなりそうだったのでしばらく書くまいという思い。

時間もたち(書き手も読者も)ある程度、冷静になったかな。ということで反応してみようと思います。

まず、今回の事件はまだ終わっていませんが、事件の構造をしっかり見据える必要があります。

日本国内の反戦勢力が、罪のない日本人3人を人質に立てこもり「3日以内に自衛隊が撤退しなければ3人を生きたまま焼く!」と声明を発したらどうなるでしょうか。自衛隊は撤退すべきでしょうか?それとも犯人を射殺する?

アホらしい例えのようにも思えますが、私には同じ事件構造のように思えます。違うとすればこのたとえでは犯人も被害者も日本人だと言うこと。たまたま誘拐された場所がイラクで犯人が日本人ではなかった、ということでしょう。「自衛隊が撤退しなければ日本を標的にテロを実行する」というアルカイダからの声明を利用した犯罪行為。彼らは理由なんてどうでもいいんですよ。人質を取って自分たちの要求を通そうとするだけ。

いろんな人がいろんなところで騒いでいるけど、本当に悲しい思いをしているのは家族や彼らの関係者の方々。単に自分の感じた「漠然とした不安」を悲しいとか怒りとかと漠然と表現したら、本当の怒りや悲しみが軽くなりそうなので、あえてそこには言及しません。そう、家族・関係者以外で騒いでいるヒトタチは事件を利用して自分たちの主張を都合よく通そうとしている。なんだ、テロリストと同じじゃん。そう、テロの一番イヤなところは「お互いが都合よく利用しようとする」ということ。そこはしっかり考えておくべきです。

そして、日本人は自分たちが、もはや東洋の島国というムラ社会に住んでいるのではなく、グローバルな、痛みのある世界にパラダイムシフトしていることを思い知らされたのではないでしょうか。世界に出て行くと言うことはこういう事なのですよね。どんな形にしても、日本はもう「保護された敗戦国」ではなくなってしまった。そしてその国民もまた同じように「日本」というクニを背負って痛みのある世界に生きていかねばならない。個人個人がそれを胸にしていなければならない。個人の胸にある国家が希薄になってしまえば、国など簡単に消えてしまうのだということを。

国内にいようと海外、たとえばハワイにいようと。日本人はいつでも不安を感じなければならない(危険に備えなければならない)そんな時代への扉が開いたのかな、という思い。このまま21世紀が「不安の時代」にならないよう祈ります。

不安の時代への扉をめいっぱい開いたのは小泉政権であることは間違いないでしょう。でも、その評価は後世の歴史家にまかせましょう。

今現在必要なのは評論家じゃない。生きている私たちなのですから。

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