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2004年1月 5日

目前にあるドアをノックし続けるということ

コミュニケーションってものについて、blogを拾い読みしながら考えてみました。確かにブロガーの壁って存在していて、書き込みが保守的になったりってのはありますね。

でも、それって「誰が聞いてるからわかんないから、言動には気をつけなさい」っていう「飲み屋でのうわさ話合戦への注意」みたいなレベルのようにも思えます。雑踏に立って大声で叫ぶにには大きな勇気がいりますが、飲み屋でとなりの見も知らぬおっさんと語り合う気持ちで書き込んだらどうだろうかなんて。誰に向かって書こうが、どんなスタンスの発言だろうが「そこにあなたがいる」って事が私にとっては重要なんです。逆に、私はここにいるんだって、そういう主張の仕方なんて自由じゃないかってね。

 「誰に聞かれても差し障りのない」事なんて意外に無いように思います。むしろ「意志を持って発言すること」って事に重要な意味があるんではないかな。いちばん困るのは「うかつ」に書いたことに対する反応に「うかつ」であったと素直になれないこと。たくさん書くって事は、たくさん聞く(読む)につながってほしいなって個人的に思うんです。

 私にとってのblogってなにか?って問われれば「新しい出会いと対話を求めて、目前のドアをノックし続けること」かな。たくさんのドアがドバーっと並んでいるんだけどその向こうはわからない。わかっているのは自分自身だけ。だから、その向こうをのぞきたくってノックをし続ける。(blogにはTBっていう強くノックする機能があるから、そこに惹かれますね。)

 とりあえずまたノックしとこっと(^^)

 

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