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2004年1月27日

歴史原理主義者だね

みそがいの防戦一方 『新選組!』と史実を読んで、コメントしようかと思ったけど話が広がりそうだったのでトラックバックします。

 「史実」いわいる「歴史上の事実・真実」って事だと思うんですが、「歴史」の大きな前提に「文字で書かれたもの」ってのがあります。歴史とは文字で記されるものなのです。だから、文字なかった(現在の認識では文字と見なしていない別の方法で記しているかも知れないけれど)文明の歴史は「史実」としては語られることはないのです。

 つまり、文字で書かれていること以外の事は別分野の社会科学(考古学や地理学など)の成果からの推測に過ぎません。つまり「真実だけを伝えている歴史はない」ということなのです。ドラマであるとはいえ『新選組!』は歴史の一解釈であっていいはずです。もっとも、求めているものがエンタテイメントであるのだから「歴史学」という学問からはちょっとはずれますけどね。(時々、考古学は歴史学だと思っている人に会いますが、近しいけれども違う学問ですよって言うと、なんだか怒られますがなんで?)

 で、先の記事にあった「失望した」という人は何に失望したんでしょうね。私はそれを考えると恐ろしくなります。大げさに言えば「北朝鮮で教えている世界史と、日本で教えている世界史が違うから日本に失望した」というのと同じ文脈に思えるんです。まあ「失望しちゃいけない」とは言わないですけどね。

 歴史というのは真実を伝えるものではありません。文字に記された歴史が真実だと信じ込むことの恐ろしさを我々はイヤと言うほど、その例を知っているはずなのに。本当の歴史というものはありますが、それが真実とは限らない。歴史とは一種のパラダイムでもあるんです(大化の改新を蘇我氏側から見た歴史で記した教科書がないのはパラダイムとしか言いようがないでしょう)

 歴史が好きで、ある人物が好きで、そのことは誰よりも詳しいという人がたくさんいます。だけど、歴史原理主義には陥らないでほしいのです。あらゆる解釈を受け入れる柔軟性を持って欲しい。そう思うのです。
 
んで最終的に何が言いたいか。『新選組!』の解釈はワタクシ的には「あり!」です。いけませんかね?


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コメント

ども、敦仔です。
わたくし、筒井康隆さんの滅茶苦茶歴史物が大好きなんですよ~(好き嫌いが激しく分かれる作家さんですけど)。あれを読んで「歴史解釈が正しくない!」と怒る方はまずいないと思うのですが、「NHKの大河」というとえらく杓子定規になっちゃう方も多いようですね。
あと、放送開始前に「三谷脚本がどう斬新な解釈をするかが楽しみだ!」なんて記事を書いていた同じメディアが、放送が始まった途端「三谷脚本はでたらめな解釈ばかり!」になっちゃうのも(予想通りとはいえ)トホホな感じです。
横で「新撰組!」見ながら「間違ってる~」とか言っとるかみさんに、「歴史詳しいんだったら、それがどうアレンジされてるかを楽しむ位の心の余裕を持ちなさいな」なーんて曰っておりました(笑)やれやれ。

正確に歴史を再現したら、全く面白くないと思うんですけどね(笑)ファーストガンダム原理主義者とかも横行する世の中なのでしょうがないのかなと思う今日この頃でございます(^_^)

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