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2004年1月19日

生命の数直線

人生が数直線だったらどうだろうか?

ゼロから始まり死の瞬間で終わる、そんな数直線でしょうか?死の瞬間が72才3ヶ月2日20時間3分34秒だと仮定するとその瞬間は「死」に属するのでしょうか?それとも「生」に属するのでしょうか?それとも両方に属するのでしょうか。

生命は死に向かって生きていくのでしょうか?それとも無限に生きようとしてたどり着けないのでしょうか?ひどく,苦しい問いです。「生きる事とはどういうことか?」を考える以前に「生きている感覚」がない存在が「死ぬことの意味」を考える?


どうしてそんなに急ぐんだろう。
生きていることの意味は,生きていることで説明すべきだ

生命はフラクタルな存在ですね。同じものを生み出し「輪廻転生」したいと子孫を生み出し続けるのだけれども、それは「似たもの:相似形」でしかありません。いつか同じものにたどり着けるのだろうと似たものを生み出し続けて行くことで、無限の種を作り出していく。決して生命は数直線上にある「期間」ではないのです。

生きていない人ほど死に対して恐怖を覚える。それは生を感じるまでの時間が限られてしまうと思うからかな。反対に、死に対して怒りを感じる人は自分の「生」に気づいた人かも知れません。もっと生きたいと思うだろうから。

私は、自分が死んでいく時、この世界が懐かしいと思いながら逝きたい。そんなふうに思っています。

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