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2004年1月10日

中国と新羅とローマン・グラス

1996年に放映されたNHK人間大学の講義に「ガラスと文化」(講師:由水常雄)というのがあって、面白く見たのを思い出しました。そのなかでも新羅のローマン・グラスについての講義が非常に印象に残っています。4世紀〜7世紀中頃の新羅の古墳には決まってローマン・グラスが出土するが、それに対して高句麗や百済の古墳とされているものからは一点も発見されていないというものです。

 講義の中では新羅王国の「中国文化との非共和性」についていろいろと述べられました。原典を当たったわけではないので孫引きになりますが、新羅と中国との国交関係も非常に希薄であったようです。もっとも驚いたのは暦。新羅は干支歴ではなくローマ歴が使われていたということ。歴史とともに国家がその権威を示すものは「暦」です。その暦が、当時東アジアの中心文化であった「中華」と違うものであるということは、新羅の異質性を明らかにしているように思います。

 新羅が、非中華を貫くことで、中国の文化的侵略から自国を防衛しようとしていたのかどうかはわかりません。しかし、異質な国家「新羅」が長く続いた国家であった事を考えると、朝鮮半島が歴史上統一された地域であったという認識は「歴史的には科学的でない」というひとつの証拠になるでしょう。(
もちろん「半島」という地理的要因からであればひとつの「地域」であるとはいえます。)

注:個人的に「歴史が長いことが素晴らしいことで国家にとって大切なこと」とは思わない価値観で語っておりますので、そのあたりはご理解ください。決して朝鮮を卑下しているということではありませんので。誤解を恐れずに言い放っております。

 中国に対する朝貢というのも、実は認識を新たにする部分もあります。中国に朝貢するということはその属国になるという意味ではないということです。むしろ中国とその周辺の朝貢国家の間には「権威のギブ・アンド・テイク」とでも言いたくなる関係があったと考えています。中国に朝貢することで、諸国の王朝は権威を授かったというのは学校でも習うことですが、むしろ中国にとって重要だったのは「朝貢されることで国内に対して皇帝の威信を示す」ことだったと思われます(貢いだものよりも大量に金銀宝石を持ち帰る朝貢国家も多かったのです。)そして、その関係は「軍事的圧力」以上の外交均衡を当時生み出していたと考えています。現代よりもずっと支配者の権威が神に近かった頃の事ですから、人心を掌握するのには軍事よりも効果があったのではないでしょうか。

 現代中国も実は同じような構造を持っています。そう考えながら中国関係のニュースを読むと、不思議だった部分が、意外とあっさり理解できるかも知れませんよ。できなくてもごめんなさい(笑)

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コメント

トラックバックどうもです。「ローマ文化王国‐新羅」(由水常雄)はお読みなりましたか。内容は講座と同じではあるのですが。この問題はスキュタイが関連しているようにも思います。

コメントありがとうございました。「ローマ文化王国‐新羅」は読んでいないのですが、機会が有れば手に入れて読んでみたいと思います。スキタイとの関連というのは興味深いですね。

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